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うちの愛馬は日の出とともに走り始める。

早起きは素晴らしい。

、、

しかし、
4時半に行動開始というのはいささか迷惑ではないか。。。


車中泊の私たち。

早起きして動きたくて仕方がない愛馬は、助手席で私が起きるのを待ちきれずに走り始めるのだ。



朝は、早起きした愛馬の時間つぶしのごとく早朝往復3時間かけて十三湖へ。
雨の湖はただの大きな茶色い水たまりだった。
高原もただの芝生に見えた。
観光というよりも、愛馬の朝のジョギングという感じだった。
私もやっと目が覚めたので、本格的な観光スタート。

弘前の「ねぷた館」に向かった。(弘前では「ねぶた」ではなく「ねぷた」というらしい)

ここではねぶたの由来やら、
ねぶたの太鼓体験、その他、凧絵やコマ作りの体験などができる。
津軽三味線の演奏も聴けるのだ

入場料500円に対してなかなか内容の濃い施設だった。

ねぶた祭では、「らっせらー」というかけ声で踊るのだが、
その語源は「出せやー」らしい。
昔、商人に対してお金や物を「出せや」と祭りを通して訴えていたのが事の始まりらしい。
それが祭りでよっぱらって、ろれつがまわらなくなって
「出せやー」→「だっせやー」→「らっせやー」
になってしまったとのこと

そんな由来もまた面白い。

ねぶた祭発祥の由来も、
昔、敵をおびき寄せる手段だったとか、、、
百姓の眠気を払ってもっと働かせるという意味があるだとか(ねぶた、は「ねむてぇ」の訛からきてるとか)
いろんな説があるらしいが、
そんな背景も知ると興味深くねぶた祭を見れるというもので、
今晩のねぶたがさらに楽しみになった☆



その後は、五所川原の「太宰治記念館・斜陽館」へ。

IMGP5771.jpg


太宰治生誕100周年ということもあってか、
彼の作品、「ヴィヨンの妻」の映画化が今年10月にあるからか、
(浅野忠信・松たか子 主演)
大にぎわいだった。
太宰治は、正直そんなに彼の本も読んでいないし、特別好きでもないのだが、
センセーショナルな有名作家であったということで、
その人物自体には興味があった。

そんな彼のルーツをたどってみるのは面白かった。
当時は大大豪邸であろう、彼の生家を訪ね、
津軽の土地を訪ねてみて
彼が彼という人間に成り立っていったのが少しわかったようで、興味深かった。

大昔に何冊が彼の本を読んだきりだった。
内容すら覚えていない。
多分、高校生の私には彼を理解できなかったのだろう。

それなりに人生の酸いも甘いも経験した今
もう一度、彼の作品を読んでみたくなった。



次は「酢ヶ湯温泉」へ。
ここは「酸性湯」と「千人風呂」で有名なところ。
http://www.sukayu.jp/touji/index.html

混浴である。

混浴は数々いっていたが、女性は当然のごとくバスタオルを巻いて入浴できたので、
慣れたものだった。

なので、今回もそんなノリで、
「楽しみー」といいながら軽い気持ちで道中向かった。



し・か・し!!!


現地についてびっくり!

ここはしっかしバスタオルをまいてはいるという感じのところではなく、
限りなく自然体で入浴するという、初めて体験する本物の混浴風呂だったのだ!

ど田舎の、ちいさい混浴風呂ならまだしも
千人風呂という名前なぐらいの結構な広さのお風呂!

いままでの経験からすると、
混浴にはほとんど女がいない。

男と女が湯を楽しむもの同士、猿の入浴のように入っててくれれば
すっぽんぽんではいることも望むところなのだが、、、

所詮大半は観光客。
好奇心旺盛な観光客の男の群れの中
無防備にはいっていくというのはちょいと勇気がいるもの。

うーーーーん。。

大胆不敵なわたしもちょっと悩んだ。

まぁ、、
愛馬もいることだし、、
と、
エイ!とフェイスタオルだけでぺろんと全面だけを隠して、仙人風呂へ飛び込んだ。


思いのほか、若い男子もわんさか。。。


若干好奇の目にとまどいもしたが、
5分もすぎれば慣れるもの。

そのうち、
隠せぬおしりもなんのそので、他の浴槽を渡り歩っていた。


そんなこんなの後、
愛馬と
「あったまってきたねー」
「そろそろ出ようか、」
「そうしよう」

と、
いうことで、一緒に浴槽をでるもんかと思ったら、

愛馬はゆでだこ状態にもかかわらず、
私を見送っていた。


????

なるほど。

鬼の監視がいなくなった後に混浴をしばし楽しみたいんだな。
まあ、
たまにはごほうびを与えるか、、と

突っ込みをいれずに去った。


私が更衣室に入るとおばちゃんの群れが入ってきた。

「もっとはやくきてよー」という感じ。

でも、かわいかったのが、おばちゃんたちは集団でも恥じらっていた☆

私と同じようにフェイスタオルだけで、覆ってお風呂にはいっていったかと思えば
すぐに
「生き恥かいてきたわー」と戻ってきたのもがかわいかった♪


いつも温泉にいくと
私は愛馬を結構待たせるのだが、
今回ばかりは愛馬の待ち時間はないに等しかった(笑)


そんなわけで、
気分上々で高揚しつつ、
あんまり楽しそうにすると私にはり倒されるんでないかとびびる様子も見え隠れする、
軽快と動揺がいりまじった愛馬の運転で
次の目的地「三内丸山遺跡」へ向かう。


前回の九州旅行で訪れた佐賀の「吉野ヶ里遺跡」は今から2300年ほど前の弥生時代の遺跡だったが、
今回はさらにその倍ほどの時をさかのぼって、4,5000年前の縄文時代の遺跡である。

弥生時代の遺跡でも感慨深かったのに、
それよりもさらに古い縄文時代の遺跡を訪れることは感慨深い。

最近人類の営みにすごく興味を示してきたからか、
こういう類いのものにかなり感動を覚えるのである。

そして、
この遺跡、なん入場料すべて無料!!
そこにもびっくりー


発掘した遺跡の様子をそのまま見れるようになっていた。
そのなかで、4,5000年前のやぐらの跡はすごく感慨深かった。
やぐらに使った木がそのまま、木として残っているのである。
4,5000年の時を経て今ここにある木。
縄文時代の村の中に作られ、
かつての人々の生活を見て、聞いてきて、当時の人間と触れ合ってきた木。
その木の中に太古の真実、人類の営みの情報が詰まっているんだろうなと思うと
とても感慨深かった。

IMGP5784.jpg

やぐらのリメイク。
なんの為に作られたかは未だ謎らしい。。

IMGP5789.jpg

上のやぐらの5000年前の遺跡。しっかり木であることがわかります。
もう根っこもなく、しかも何千年も土に埋まっていても、こうやって残るってなんかすごいと思ってしまいました。

IMGP5781.jpg

壷の破片。
こんな太古昔でも、利便性だけでなく、縄目をつけたりして美意識やクリエイティブな風習があったということに感慨深く思う。

IMGP5779.jpg

これも竪穴式住居(管理不行き届きではなく、土式らしい)

IMGP5776.jpg

コレは樹皮式。


お風呂上がりと、
曇り空の涼しくなった気候のせいか、
太古を忍びながら歩いた三内丸山遺跡は
かなり気持ちのよい場所だった。

IMGP5778.jpg


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