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会津2011・May - 006
まずは格好から!

この前の週は福島いわきで炊き出しのボランティア。(またアップします)

そしてその前は岩手・釜石でボランティア。


ひさびさに帰ってきた実家でほっとしていたら、
夜、茶の間にいたら弟がトイレに起きてきて、一言。

「もちろん、こっちでもボランティアするんじゃろ?(奴はなぜかいまだ岡山弁)


んなわけで、
半分そそのかされた形で、突如、今週末も地元会津で百姓ボランティアとあいなりました。


       「農作物の風評被害をぶっとばせ!」



しかし、恥ずかしながら
百姓の娘ですが、百姓仕事のお手伝いは小学校以来のあたし。。。


これはいいきっかけで経験でした。


まずは、スコップで土手作りをして、そのあとは草刈り機で草刈り。
意外に楽しかった☆

会津2011・May - 019


この振動もなにか気持ちいいし、

無言で広い自然の中で働く・・・。半分瞑想の世界でした。

これ1週間ぐらいやってもいいかな~なんてマジで思っちゃった(おっと、こんなことを弟に聞かれたらまたこき使われる・・



そして、たまたまこの滞在中、私の母校で田植えをやるからと姪っ子に誘われて参加!


うちの小学校では、「農業科」ってのがあるんです。

私が小学生の時はまだなくて残念だったけど、
でもこれって人間として生きて行くのにとっても大事なことだと思うんだ。


そんなわけで、今日は体験授業で田植えなのだ。


家の実家は小学校の近所。

そんなわけで、田んぼも小学校の近所。

そんなわけで、父は田んぼの一つを小学校に寄付(貸与)して、体験農業をしてもらっているのだ。


会津2011・May - 184


中学生になった姪のさやか。
この日は月曜日なんだけど、日曜日の学校行事のため振替休日だったらしい。
そんなわけで、友達とこの田植えに参加するといっていたので私もそこに誘われて参加w。



会津2011・May - 139
しかし、さやかももう中学生って信じられないっ!


そして、なんと私の保育園からの幼なじみのちえちゃんが
甥のよーすけの担任の先生ってーからなんだか不思議なめぐりあわせ~!


姪たちにも、「ちえ先生」は人気!

友達が人気の先生になってるってうれしいなぁ♪

そして、そんな友達が働いてる姿を見るのもなんだか感慨深くて☆


会津2011・May - 181
ちえちゃん、中学校んときのジャージきてるよ(笑)


役員の父兄さんが何人か来ていた。


おお~!!


小学校の時に好きだった先輩(あたしませてたな~)
が姪の同級生のパパで参加。


先生・パパ・叔母ちゃん
不思議なコンビネーションでの再会。


子供達の顔を見てると、同級生の誰かと似てるのでパパやママが誰か察しがつく(笑)

「あ!パパ○○くんでしょ?」

「うん、そう!」

あたるあたる!w


「兄弟何人いるの?」



「2人!!、、あ、でもね、お母さん離婚したんだけど、新しいお家で子供2人産んだから全部で4人!!」



     ・・・・・・・・



屈託ない顔での複雑な回答に「そうかそうか~」と笑顔で返すしかなかった。


でも、あれやこれやのこんなやりとりもほのぼのとしてなんか楽しかったわ。



会津2011・May - 147

みんなずぶずぶ田んぼに入る。


会津2011・May - 153



会津2011・May - 161

いつのまにか泥遊びになっていたり。



この光景に衝撃のようなものを感じる。


同じ会津でも、市内の小学校はマスクに長袖長ズボンで運動会したりしてるのに、

ここでは、長靴も手袋もマスクもなしに、
素足と素手でずぶずぶ田んぼにはいり、泥のぶつけ合いまでしてる。


都会の子はここまで躊躇なくこんなことできるのかな~??
(あたしもなかなかすんなり入れないぞっ!)


てか、先生もさせられるのか?


ここの教頭先生は「いやぁ、サイコーです!サイコーです!」と豪快に笑いながら沢山写真を撮っていたw。




会津2011・May - 163

田植え機での田植えも体験。
そして誰かと思えば、運転手はにーちゃんだった。(にーちゃんも役員として参加



会津2011・May - 178

あ、いつのまにかおとーさんまでおったw(カメラ小僧として参加


会津2011・May - 177
さらに気がつけば、弟までw(ついでに誰か嫁候補いませんか?w)

そっか、そっか、田んぼと一緒に苗も提供してるのね。(やっと流れが見えてきた!)
子供の手には及ばない部分を地味に普通にせっせと植えていた。



てなわけで、
今日は、甥っ子姪っ子三兄弟に、わたしら三兄弟も田んぼに集結していたというなんだかおもろい一幕でした。
(実家にだってなかなかみんな同じ空間に集まらないのにな。。)

こんな行事あってこそ☆


「ところで、この子達、この泥だらけの体どーすんの?」


ちえ先生に聞くと、その辺を指差していった。


「あそこの側溝で洗うよ」



え、え~っ!!!???



側溝の水???
んでもって、みんなで一斉に洗ったら、そこはもう泥水に等しいじゃんっ!!


み「ほいで終わり~?」


ち「ほいで終わりっ!」



・・・・・


会津2011・May - 155


あ、ほんとだ。。。



た、、、たくましーーーーーーっ!!



放射能とか菌とか全く気にする様子もなく、

田んぼでみんなできゃっきゃとたくましく作業してる姿を見て、

素手に素足で泥と自然に触れてる姿を見て


なんだかすごく心強くたのもしく思いました。






会津に帰ってくるまで、
私はやっぱり実家の姪っ子たちのことを心配していた。


本当に子供達にも放射能問題は大丈夫なのか??!!



水質、土壌検査の結果、うちの実家のあたりは問題がなかった。


でも、あとからいろんな隠蔽された原発の事実が明るみになる今。

果たしてその検査結果も信憑性があるのか??
などといった不信感や、


東京の子供ですら騒がれてるのに、

会津の子供達は本当に安全なのか??という心配と不安は消えなかった。


この小学校の校庭の砂までも除去作業したなんてと聞くとやっぱりちょっと不安は拭えない。


子供達、今は元気でも将来体に異変がでたらどうしよう。。



でも、この会津の自然環境とこんな子供達の姿を見て思った。




      これが大事な事かな、、と。




この土地が放射能数値が高く危険だと言われているのなら話は別だけど、


「とりあえずでも安全だと言われている限り」

「その土地に住まなきゃいけない限り」

 「美しい生活環境がそこにある限り」

それを信じてのっびのび育てるのが一番いいんじゃないかと思った。




地元の友達に会った。彼女には子供がいる。

子供いるからいろいろと不安・心配で精神的に辛いだろうなぁと、
そんな彼女のことが心配だったことも会津帰省にかき立てられた理由のひとつ。


たしかに彼女も沢山悩んだり不安を抱えていた。


でも、彼女は言った。


「私たちはここを捨てていくところなんてどこにもない。
会津で生きていくしかないんだ。
だから何が起こってもすべてを受け止めるしかない。
ここに生まれて、ここで生きる運命を受け入れるよ!」


「放射能だって、ひょっとしたら悪い事ばっかじゃなくて、
何かどうしようもない体の病原体を中和しちゃったりするかもしれないし、、とも思うんだ!」



・・・・




いわきの避難所で会ったおじさんにも言われた。


     「会津の女は強いんだ!!」



「強さ」って、大きな愛を持ってる事かな。

私はそう話してくれた彼女の言葉がうれしくて、なんというか誇りに思った。



実家が放射能の危険にさらされた時、家族とも話し合っていろいろと考えて、自分なりにすっきりする結論はでた。(→その記事

でもやっぱり子供の事まではすっきりしきれないところがあったんだけど、

結局これも同じ事なんだと思った。




これは「安全と言われている」・・「不安区域」の話で(会津とか)「避難区域」およびその近隣は全く別の話ですが、





・・・もし、自分が生まれ故郷の会津の人と家庭を持ち、
親、親戚、受け継ぐべき土地と家があって、そしてここで産み育てようとしていた子供がいたらどうするか。。


この広大な自然、人との繋がりを感じながら、のびのびと育ってる環境を捨てて、

原発の危険性を免れるために、すべて捨てて新しい土地で一から始めるのか?



、、いや、この自然、この住環境がもたらすプラスの効果は放射能の危険性というものよりも断然大きいとあたしは思う。




常にマスクだなんだって神経質になったり、
あれはダメ、これも不安、、、なんつって子供を守る事に必死になるのか?



、、、神経質に行動の制限して、不安な言葉でとりまいたり、
原発に対して常にネガティブな言葉を浴びせて
子供に不安感を抱かせて萎縮させて育てることのほうがむしろ子供に悪影響なんじゃないかなぁと思ってしまう。


逆に

放射能のせいでガンになったり、早く死んじゃったりするのかもしれないって、

その分のびのびと遊ばせて、生きさせて
早く終わっちゃうかもしれない短い人生を有意義なものにさせてあげるぐらいの気持ちで向き合いたいかな、、と思った。

こういう環境だからこそ、人生を意識的に生きて、結果充実した幸せだったと思える人生になるのかもしれない。


何が幸せに導くものか、
何が本当の危害かなんて、死ぬときまでわかんない。


ならば、

いかなるときも
自分が生まれた&生きるべき土地・環境(運命)で起こった事をしっかり受け止めて、

できるかぎりで問題解決や軽減を前向きにはかる。

あとは、問題の外にある素晴らしいものをしっかり感じて生きて行く事が大事なんじゃないかなーと思った。


この放射能の問題だって、そういう意味では生き方をよきものにシフトしてくれる大いなる存在だとも思う。



そういうことを自分も学び、子に教えて行く事で
どんな人生でも、どこにいてもたくましく、楽しく生きる力を授かれるんじゃないかな~って思った。



そうできたときに、友達がいうみたく、
その放射線が危害を与えるものでなくて、体の悪い物質を中和すらするものになるのかもしれないな、、なんても結構真剣に思ってしまうんだ。





東電や政府の対応、どんどん明るみになる不誠実さを責めたり
然るべき賠償を求めるという事ももちろん大切だと思う。


でも、


起こっちゃった事は仕方がない!って気持ちもあるんです。



原発だって、
この地震さえおこらなければ、ある意味私たちが容認し続けていたであろうものだもん。




今回の事件をきっかけに、
みんなが考え直し、立ち上がってて、問題対処、解決を求めて行く事はとても大切な事だと思う。

けど、

責任問題、恨み、つらみ、
賠償、賠償という気持ちをぶつけてばかりいる人にはちょっと抵抗があるんだよね。



崇高な武士道精神を持っていたという会津人。


山に囲まれ守られている会津の土地と自然を信じて、

恨まず、責めず、
ただ前向きに原状回復に努める。


震災と原発で被災した福島海岸部を支援して

弱りきってる福島を支え、ひっぱって、明るい福島と日本の発展に導いていけたらいいな~。って。



山を望む田んぼの中で、
元気に泥まみれになってはしゃいでる子供達をみて


そんなことをふと考えさせられた小学校の田植えでした。



さやか、誘ってくれてありがとう!☆



会津2011・May - 189

小学校の頃よくきていた駄菓子屋。
おばちゃんかわらず健在で、お店も限りなくそのままでうれしー♪
まさか、世代を超えてさやかと一緒にくることになるなんて・・。




        あたしはいろんな意味で、会津と会津っ子を信じてます。







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