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ヒロ・ジャパン

それは9年前にシドニー・ボンダイで会った男である。


「名前なんていうの?」

「俺?ヒロ・ジャパン」

。。。。。

ヒ、ヒロ・・・・
、、、、ジャジャ、ジャパンだと?!

なんだ、この男っ!


当時、シドニー・ボンダイビーチに住む料理上手な妙ちゃんのアパートは、
たくさんの日本人が集う場所となっていた。(妙子ママ、お世話になりました~!)

そこに彼もいた。

彼は
外見もちゃらっとしてて、髪の毛もアフロもどき。
常にスーパーハイテンションで
「あんたキッタナイわね~」とみんなに挨拶代わりにいわれながら愛されてた男だった。
みごとにそのふざけた名前も浸透していて
みんな彼の話をするときには「そんで、ヒロ・ジャパンがさ、、」って定着ぶり。

彼と出会ったその日、たまたま名古屋の話になった。

ミ「私、学生時代は名古屋にいたんだ~。」

ヒ「まぢで?おれの友達も名古屋の中京大学にいっていたよ。」

ミ「えー?!私も中京だよっ!誰っ?なんて人っ?」

ヒ「おまえなぁ、世の中そんなに狭くねぇよ。総合大学で学部もたくさんあるし、学年も一個上だから知ってるはずないじゃんっ」

ミ「まぁ、万が一があるじゃん~!!」

ヒ「石坂っていうんだけど。。」

  ま・さ・か。

ミ「。。。。。ひょっとして、その人って、ちょっと小太りで、パチプロで、語尾によく”っしょ~”ってつけたりするひとっ??」(どんな人物特定だっ!)

ヒ「えっ!!??」

なんとその石坂さんとは、私が学生時代つきあっていた人の親友であり、
仲良くしてる先輩の親友でもあったのでよく知ってる人だったのだ
その石坂さんの語尾「~っしょ~」は我々の流行となって、石坂しゃべりが広まっていたのだが、その石坂さんの友達らしい。。


世の中は狭い。


ヒロ・ジャパンとはそんなに個人的に連絡をとりあうほど親しくもなかった。
故、シドニーを離れてからは消息すら知らなかった。

しかし、2年ほど前、
そんな偶然もあったもんだから、
奴はどうしてるんだろうとふと思い出したことがあった。
ちょうどその時、たまたま久々にシドニー・ボンダイ時代の友人に会うことがあった。
すると、
「そういえば、ヒロ・ジャパン知ってるよね~?
私のマイミクにいるから連絡してみたら?」という。
ちょうど思い出したときにいきなりの発言だったのでびっくりした。
早速彼女のマイミクを探す。
ヒロ・ジャパンでないニックネームだったのだが、
どれが彼だか一発で当ててしまったのにもびっくりした。
メッセージを送ってみると、
「?!ちょうど、石坂の連れの元カノどうしてるかな~って思っていたらメッセージがきたからびっくりしたー!!」と。

たまたま7年ぶりにふと思い出したタイミングが一緒で
そのタイミングでたまたま連絡とりあえる環境になったのもすごい。


このシドニーで出会った人たちとは
びっくりするような偶然が起こるひとが多い。

シドニーあと、全く音信不通でも

東京で仕事中に偶然道ばたであった人(彼は広島人なのに)
東京で同じ車両に乗り合わせていた人
私の中京大学時代の親友と高校の友人だとあとで発覚した人
タイのイミグレで偶然前に並んでいた人
たまたま行った、タイのダイブショップに写真が飾られていた人
(↑ 全員別の人です)

そして、ここに来る直前に沖縄のゲストハウスであった子も
8年前にシドニーに住んでいたらしく、
そしてなんと、私のボンダイの友達が彼女の好きな人だったという


恐るべしボンダイマジック!!
ボンダイの海は「ボンダイブルー」という色の名前になるほど美しい海。
その潮の満ち引きの力でも働いているのだろうか?



そのヒロ・ジャパンは9年前からまだシドニーにいる。
そんなわけで、今回のシドニー行きのついでに、
この縁ある男、ヒロ・ジャパンに会ってみようと思ったのだ。

約束の当日
ヒロ・ジャパンとようやく会えるまでの経緯を語るだけでも小話ができあがるほど、
ありえない行き違いや勘違いがあって会えなかった。
お互いもう無理だろう、、、とあきらめていた。
しかし、最後の最後で会えたのだ!

さすが、ボンダイマジック!

すれ違い行き違いで時間もエネルギーを使い、お互いに疲れ果てての再会。
そのせいかヒロ・ジャパンは当時よりも痩せて、疲れて見えた。

みんなの癒しの家、懐かしい妙ちゃん家の近くのピザ屋で、
ボトルショップ(酒屋)で買い込んできたビールを飲みながら語った。
オーストラリアはBYO方式(Bring Your Own Drink)のレストランが多い。
こういう形でビールを飲むのもオーストラリアを満喫してる瞬間で楽しい。

【懐かしの妙ちゃん家】
P1000362.jpg


その後は、わたしの学校ともいえる、懐かしきボンダイホテルのバーへ場所を移した。
いつもボンダイホテルで飲むときは大賑わいの時だったのだが、
この日は閑散としていた。
たくさん改装されていたけど、バーカウンターはそのままだったので懐かしかった。
そういえば、ヒロ・ジャパンとも最後にたまたま遭遇して飲んだのはここボンダイホテルだった。

P1000345.jpg




はっきりいってヒロ・ジャパンとは
石坂さんの件があったから親近感を感じ盛り上がったくらいで、
あとはみんなとわいわい飲む程度だったのでよく知らなかった。

だから、今回会って、こんな人だった~!?という感じだった。

私が知ってるヒロ・ジャパンは、はっきりいってぱっぱらぱーって感じの男だった。
しかし、
そんな匂いも残しつつ、
今は建築の仕事に情熱を捧げて仕事をし、
猛勉強して建築の免許もとったという。
どういう内容のものか私にはわからないけど、どんなものであれ、異国の地で免許をとるってことはすごく大変なことだったと思う。
今もさらに自己上昇をめざし、家に帰ってくれば英語の猛勉強に励み、全く外出もしていないという。
昔は万年発情期の犬のごとしだった彼も今はめっきり女絶ちまでしてるという。



地球上の「非常識」「意外性」「奇人変人」的なものに興味津々な私にとって
ヒロ・ジャパンは格好の研究対象だった。


何がそんなに彼を変えたのか。

わたしは、インタビュアーと化した。


それは一言で表せば「挫折」だったという。

当時、一緒に楽しく遊んでいた仲間が全員日本に帰り一人オーストラリアにとり残された寂しさ。
一緒にいれば永住権もとれたという彼女に去られてしまったことで、同時に永住権のチャンスと愛する人を失ったダブルパンチ。
仕事で最後の締め日という日に、突然肝臓の病気になり倒れ、結果、仕事に穴を空けてしまい、そのことで親方完全激怒→クビ。仕事を失った。

この異国の地でそんな彼の何年かはかなりかなり苦しかったようだ。
それまで、持ち前の調子の良さと器用さで、世の中すいすい渡ってきていたとすれば
それはたしかにかなりの挫折感だったろう。

それが核となって彼を変えたという。


挫折がバネとなり、必死でそれから建築の免許をとったらしい。

そしてそんなときに偶然クビを切られた親方に再会。
免許をとったという事実に、彼がどれだけ心をいれかえて努力したかということを察知した親方は
また彼を拾い上げたという。

捨てる神あれば、拾う神あり、、というが、彼の場合、神は同じ神だったようだ。

その後はその親方がかなりの便宜をはかって彼のビジネスビザを手配してくれたという。
その温情に対し、彼はそれから現在も給料を半分にしてくれと自ら申し出て
そのへんのワーホリの日本人よりも安い賃金で重労働をしているらしい。
疲れた感じ、痩せたように見えたのは気のせいではなかったんだろう。

親方への恩義と自分への戒めなのか。
彼の反骨精神と痛々しいまでの純粋な男気に脱帽してうるっときた


人はここまで変わるものなのか・・。


といっても、
9年前、ぱっぱらぱーな男に見えた彼も
実は子供の頃から全身アトピーに苦しんでいて、
顔までひどいひどいアトピーだったという。
それは死にたくなるほどの苦しみだったらしい。
家庭環境も辛く寂しいもであったという彼は、元気にふるまうことによって、
精神的な不安定さを払拭していただけだったのかも知れない。
幼少からそんな環境で育ってきた彼は、
もともとまじめで強い精神力をもっていたのだろう。



し、しかし、、、。

こんなにまで自分を追い込むか~!!と、固くひたむきなヒロ・ジャパンの顔の反面、




・・・・・やっぱり、この男はイカれていた!!


「俺には夢がいくつかある!」と始まった。



「世界の建築をかえてやる!!」

と熱く言い放った!


「あほかお前~!!!」
といわれそうな、
こんなでかいセリフをなんの躊躇も恥じらいもなく言い放つ彼がまぶしすぎて何も言えなかった。

これだけでも、すさまじくデカイ夢なのに

「あとはな、、」と続く。


「あとは、本を書く!
 俺が苦しんだアトピーに関して調べ上げた書物と俺の自叙伝!!」
 (ちなみに彼はかなりの努力で自力でアトピーを治したらしい)

二冊もあるんかいっ!!

「それと、、」

??!!
まだあるんかいっ~!!

「今自分が作っている家具を世界に売り出す!」


バカも休み休みいえ~!!!
と言うほどに次から次へと実現するのがあたりまえのごとくに夢を自信満々に語る。


「オーストラリアの次は、ドバイだ!」
「SEXしながら夢は叶わない!!」


9年前の若かりし時の記憶が強いが
彼ももう今年35歳のいい年した男である。
一般的には夢をあきらめる歳であるが、彼は正に夢に向かって猛ダッシュしていた


久しぶりにこんなバカに会った。

こんなにバカみたいに、
微々たりともぶれないまっすぐな気持ちで言い放つヒロ・ジャパンからは無敵の光が放っていた。

その勢いで夢を叶えてしまうんでないか、、
いや、
夢を叶える人はこういう人なんだろうと思った。




私にも
「いつか本を書きたい」という淡い夢がある。
今回の旅を機に本格的にトライしてみようかなと思いながらも
どっかで「バカげてないか、あたし?」と躊躇していた。

だけど、

本を書くことは
ヒロ・ジャパンの中では3番目ぐらいの「ついで」みたいな夢で、
これは当然なんだけどな、と言うレベルの夢だと思うと
躊躇していた自分が小さく思えてきた。

わたしには今のところ夢はそれひとつ。
そんなたった一個の夢なんだから、
そこだけに情熱と時間を注げるのだから
だから、絶対に実現しよう!
実現させなければ!

今日、この男に会えたのも何かの縁。
この男に少しだけでも張り合いたい!と思った。


彼の作っている家具をみせてもらった。
とても味のある癒し系の家具。
廃棄資材で作ったというところがびっくりした。
捨てられるはずの不格好な資材を生かして作り上げられた家具からは
彼の優しさと思いやりの深さを感じた。


当日、翌日も仕事で、疲れ切っているのにもかかわらず
英語の試験間近で一分一秒惜しいはずなのにもかかわらず
時間を割いてくれ
酒も入って普段の3割り増しでマシンガンの如くしゃべる私の話を最後まできっちり聞き届けてから帰って行った。(ごめんょ~!!
忍耐力とやさしさは本物だと思った。(笑)



「SEXしながら夢はかなわん!」
「オーストラリアの次はドバイだ!」と、
9年間も日本に帰らず、そして、帰る気配もない。
頑なに日本と女を拒み続けているような彼にちょっと違和感を感じた。



「然るべき女はヒロ・ジャパンを完全なるものに補い・導く力があると思う。
自分のルーツがある「日本」に夢を実現する何かがあると思うから
オーストラリアの次はドバイじゃなくて日本に帰ってみたら。
あんたは「ヒロ・”ジャパン”なんだから。」

余計なお世話かとも躊躇したけど、
こうやってボンダイマジックで再会したということに
何か意味があるとするならば、
私は彼に何か言葉を贈ることかなと思った。
彼の夢の実現を願い、
私なりに感じた彼へのメッセージを
彼の作った家具の上に置いて帰った。


私も、
いつか夢が実現できたら、このボンダイマジックの再会に感謝するだろう。
ってか、
夢に向かう無敵のエネルギーもらったことですでに感謝です


ボンダイマジックばんざい

そして、


ヒロ・ジャパン。
あんた最高です

    P1000349.jpg   【ボンダイホテルにて
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