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◉2009/05/26◉ 平和祈念☆沖縄②
広島の平和記念公園、長崎の平和公園を去年から訪れている。
沖縄で3目。おそらくこれで全部の日本の平和公園を訪れたことになるのだろう。
(実は沖縄にあることは知らなかったのだ!)

広島と長崎でもそれぞれ特色が違っていたので
沖縄はどんなものであるのか興味深かった。

まず、広島の「平和記念公園」に対し、
沖縄が「平和”祈念”公園」と表するのが、感慨深くさせられる。

まず平和祈念資料館へ。

ちょうど
「絵画と漫画に描かれた戦争体験の記憶」という企画展の最終日だった。(ラッキー)
シベリア抑留や満州からの日本人引き揚げを絵画や漫画に描いた作品を展示したもので、
水木しげるさんの絵インパクトがある電車の中吊り広告で気になっていたものである。

なかなかリアルな絵画のおかげで、
シベリア抑留、強制労働の地獄絵が自分の中でよりリアルなイメージを作ることができた。
これもまた「シベリア抑留」を自分は名前だけ知っていただけだったと気づく。
そのおぞましさに改めて胸が痛くなり、
地獄を耐え抜き、生還した方々を改めて労りの気持ちでいっぱいになった。
今も、同じこの時代に生きているということが不思議な気持ちで仕方がない。

そして、赤塚不二夫さんやちばてつやさん、森田拳次さんら
結構な数の著名漫画家の方々が満州引き上げ体験者だと知り驚く。
続いて常設展である沖縄戦の資料館へ。

「沖縄戦」

授業などで習ったんだろうけど、
テレビなどで見ていたんだろうけど、
恥ずかしながら、私は「沖縄戦」がどういうものであったかを今さら初めて知った。
いままでは情報がただ文字として頭を通り過ぎていたのだろう。

壕をうまく再現していて、その中に一般市民や兵士の人形があったりしたので
ここでも沖縄戦がどんな地獄絵であったかを体感することができた。
たくさんの一般住民が犠牲になり、
敵国米軍に殺害されるのみならず、
日本軍によるスパイ疑惑による殺害、
日本軍に強いられて集団自決を余儀なくされたということを知った。
(否定的な見解もあるようだが)

同じ日本人に殺害されるという悲劇、屈辱。


沖縄という土地の奥に
深い深い血の悲しみが染みついていることを初めて理解した。


今まで知らなくてごめんなさい。

沖縄初日、この土地と歴史を知ってから沖縄の旅を始められてよかったと思った。

【平和祈念碑】緑の広場にたたずむこの碑を見てると心が穏やかになってくる。
IMGP3011.jpg

【平和のの礎】全国の戦没者の名前が刻まれている。
IMGP3013.jpg


続いて、【平和祈念堂】へ。
ここには、沖縄戦、平和を願うたくさんの絵画が展示されていた。
この絵画は、沖縄の土地と沖縄の庶民の平和への想いがにじみ出ているようで
一番好きだったものである。

IMGP3004.jpg


メインホールには
大きな、
大きな平和祈念像があった。


IMGP2999.jpg


はっきりいって、
かなりの存在感と気迫を感じ、

圧倒された。

この像を造ったのは
「山田真山画伯」

IMGP3002.jpg


彼は、72歳の高齢をおして独力でこの大事業に取りかかり,
原型が完成した時には90歳を迎えていたという。
そして、満18年の原型制作の過程で2回の転落事故に遭遇したものの、
その都度奇跡的にこれを乗り越えられたらしい。
この像には画伯の平和への執念が深く刻まれているという。


なるほど、
納得の気迫である。


さらにこの像について調べてみると、


宗教や思想,政治や人種,
あるいは国を超えてすべての人が戦没者の慰霊と
平和の一点に力を合わせていこうということを
10本の指を合わせた合掌の形に表現されているという。

そして、
像の頭上には、星が輝いているのだが、
それは戦没者の御霊が宿る宇宙空間を象徴する群星(むりぶし)であるという。
また、像を囲んでいる7本の柱は7つの海を表現しているという。

この台座の火炎は地球のマグマを表し、
その上に配置されている6つの花弁は、人類が日常生活を営んでいる6つの大陸を 意味しているとのことだ。


平和祈念像には、
宇宙の中にあって人類の調和と地上の平和を静かに祈念する純一無雑な 人類の理想像が表現されているという。

こんなにたくさんの深い意味がこの像に込められていたのだ!!


山田真山画伯の説明によると

「平和の心象を人間像を媒体にして具現すると、
日本人の感覚としては必然的にこのような形になった」

とのことである。


深い、

深い

深ーーーーい

想いが、この像に込められていることに心を打たれ、
きっとこの像が存在する限り、
少なくてもここに訪れる人の平和を願う想いを薄れさせはしないだろうと思った。


ひめゆりの塔やこの像の周りにある
千羽鶴や、平和への数々の作品を見てふと思った。

IMGP2959.jpg



「平和」ってなんだろう。


「平和」
まるで、挨拶のように、
なにか、決まり文句のように今まで発して、受け止めていたように思えた。




「平和」を願うってなんだろう。



「平和」はどうやったら実現できるんだろう。



ふと頭をよぎったのは


「平和」って、
「戦争反対!」とデモや紙面で訴えたり、
「世界平和」とふれまわることだけではないのだろうか。
まず各個人が、自分の身近な平和を実現させることではないか、、と思った。


友人間、会社間、家族、夫婦間、、、
きっと多くの人はそこに多少なりとも争いがあるだろう。
まず、その平和を実現させること。
きっとそんなに簡単なことではないだろう。
それには、思いやり、尊重、理解がないと実現しない。


自分の身の回りの平和。
まずこれを実現することによって、
各個人が「真の平和」を習得することができたら
はじめて「真の平和」というものを世界に発信することができるのではないかと思った。
そして、
個人、個人の真の平和への願いがきっと相乗効果で大きな輪を作り
世界平和への大きな力となっていくのではないかと思った。


それが、
ちっぽけな個人、
ひとりひとりができる平和への大きな貢献なのではないかと思った。


祈念堂を出ると
そこには三つの碑があった。

IMGP3009.jpg


それは3人の人のそれぞれが平和に対する想いが書かれていた。

そのうちの一つの碑に目が止まった。

IMGP3006.jpg
「私にとって平和とは何か」、、、、、、

「真の平和とは、
日々の生活の中で営々と刻苦する無名の人たちの限りない協力の輪によって
少しずつ広げられていく事によってのみ達成されていくものでないでしょうか」


さっき、
自分のなかにふと浮かんだ事が
肯定されたような気がした。



殺人・飲酒運転・虐待・婦女暴行・ドメスティックバイオレンス、etc,etc..
毎日こんなニュースが絶えない。

人類史上初めての核爆弾を投下されたという史上最悪の歴史をもつ日本。

真の世界平和を広められる国民になりたいものである。
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