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営業成績も自分的に満足できる程度に到達できて、もう一通りは経験できたかな、、と思えたころをめどに会社を辞める事にした。

会社をいざ辞めるときは、
家族に泣かれたり、いろんな人に止められたり非難もされたりして、またとまどったりもしたけど、
(ここで辞めて海外いって帰ってきたら再就職も結婚もないよ、、なんても言われたなぁ
そんな周りの圧力やもっともらしい意見にも屈せずに、自分の意思を貫き通せたのもやっぱりヨシイさんのおかげだったと思うんです。


そしてそれからは、海外への資金を稼ぐために守銭奴のような質素倹約生活と昼夜働く生活。
(サラリーマン時代は給料安すぎだし、残業手当もないのに拘束時間ながかったし・・

今思えば、あんなに体も精神的にもかなり酷使してほんとによくやっていたと思う。
・・働きすぎてじんましんが出てしばらく動けなくなったこともあったっけ~。


でも、

「命あるっていう最大の強み」

というものをヨシイさんの告別式の日に全身に刻みつけられてから、そういう苦難はたいしたことではなかった。


・・・本当にたいしたことではなかったのだ。


週休2日でボーナスを沢山もらえる仕事についてる友達や
資金を親に出してもらえたりする友達がちょっとうらやましかったりもしたけど、
夢の実現の矢先にゼロになったヨシイさんを思うと、

「たががこんな生活をするぐらいで夢に近づけるなんてありがたいわ」と思えた。


そんな生活を1年程走り続けて、目標金額+αもできて、いよいよ念願のオーストラリアに飛び立てることになった。


旅立ちの前、
ヨシイさんにあの時語った夢をついに実現させることを報告したくて、群馬のヨシイさんの実家を訪れた。
その日、ヨシイさんのお母さんはいなくて、不器用なお父さんがちょっと困ったように迎え入れてくれた。


お父さんは、ヨシイさんと同じ空気感をもっていた。

お父さんとお話してると、ヨシイさんと話しているような錯覚になるときが何度かあった。


私はお父さんにヨシイさんとのエピソードと、ヨシイさんのおかげで今、こうして夢の実現への入り口にたててるんんだという話をした。

すると、お父さんは 静かに言った。


「息子が亡くなってから、専門学校のパンフレットがあっちやこっちから届くからなんだろうな、、って思ってたんですよ」と。



         !!!!!!!!



会社を辞めて、専門学校に通いなおして、バイク屋をもとうとしていたヨシイさんは、

「そんなことできっかわかんね~けどな~
、、なんてかるく流していたけど、
やっぱりあれは照れで、
あの夢を語りあってすぐ、本当に自分の夢の実現に向かって走りだしていたのですね。




本当に夢を実現しようとしていたんだという事を知って、私はまた胸が熱くなって泣いてしまいました。
(お父さんは完全に困ってましたが・・w。)


おかげで、

「絶対に、普通の人のワーホリ生活よりも何倍も英語も経験も思いっきり吸収してくるんだ!!」と旅立ち前にかなり気合いが入りました。


オーストラリア生活1年プラス東南アジア周遊の半年、、、
楽しいばっかっではなくて、盗まれたり、騙されたり、怖い目にあったり、辛いことも沢山あった。


でも、ヨシイさんのことを思うと極限の落ち込みには陥らず、すぐに前向きになれた。


お守りがわりに持っていったヨシイさんの写真。
辛いとき、行き詰まったときにエネルギーを注入してもらって、凹んだ分プラスαで前に進めました。


「タフだねっ」
「強いよね~」

なんてよく言われたけど、それはホントにヨシイさんによって得られたものというか・・
なんかうまく表現できないですが、
あたし自身の力じゃなかったんです。




改めて考える。


ヨシイさんが亡くなって早12年。

ヨシイさんはいつまでも23歳。


もうずっとずっと私の方が年上だけど、でもやっぱり「兄貴」的存在は変わらない。

12年経っても、もうこの世にいなくなっても、あのあったかい存在感は変わらない。

12年経っても、思い出すと泣ける涙の量も変わらない。


すごいなぁ。

亡くなったときは、5年もしたらこんなに思い出したり泣いたりすることはないんだろうなぁと思っていたのですが。


亡くなった今も、こうやって影響を与え続けてくれる彼はまさに一緒に生きてるようだなぁと思うのです。




”心の中で生きて行く”



というのをよくドラマなどで耳にするけど、こういうことをいうのかなと実感しています。


実際、私の中でヨシイさんの存在は
『遠くに住んでいてここしばらくあえてない友人』
って感じでもあるんですよね。



ヨシイさんの告別式の日。


「なんで、なんでこんなに素晴らしくて、誰もに愛されるような人が亡くならなきゃいけないんだ?!
人生投げやりになってる人とか、死にたいと思ってる人とか、凶悪犯とか・・・
死んじゃってもいいような人がもっとたくさんいるのに。」


なんててこの世の理不尽さを呪ったんだけど、


こうやって年月を重ねた今は少し穏やかな自分がいるんです。


「ヨシイさんだからだったんだね。」
・・って。


こんなこというのもなんですが、ヨシイさんの様な人でなければ、
こんな亡くなった後に人の人生に、心に、影響を与えられなかったと思うんです。

こんなことをいうのもなんですが、「これが他の人だったらどうだったかな?」と思うと、もちろんすごく悲しくて残念なことなんだけど、何かちょっと違うような気がするんです。


命は消えても人の心に生き続けられる人だったから、



だから、、、



「なんでヨシイさんが??」じゃなくて、「ヨシイさんだからこそ」っても思うのです。



この世に生きて人に影響を与え続けられることはもちろん素晴らしい人生。

でも、あの世にいっても人に影響を与え続けるというのはまた素晴らしい人生なのではないかとも思う。



23年間という短い人生だったけど、

影響力の強い時期に逝ってしまった故に、
私たちが死ぬまで私たちの心に生き続けるであろう彼は、

ある意味彼は一番長生きなのかもしれない。



わたしも
突然命を奪われても、彼のように人の心に生き続けられるような人間として生きていきたいと思うのです。




****************




え~・・・

長ーくなりました。ご静聴ありがとうございます。
これがヨシイさんのエピソードでした!

そんなわけでヨシイさんは、私の人生を変えてくれた人なんです。


          ”人生は長くできないけど、太くはできる”


この自分のモットーも彼がきっかけでもあるんです。

そしてある意味、わたしの人生の波瀾万丈にしてしまった人でもあります。w



さて・・・・

彼のエピソードが終わったところで、


  まさかではありますが、、、


先日の彼の13回忌の法事のお話に続かせていただいてもよろしいでしょうか?




続く
(ここまできたら、おつき合いくださいませっ





今日もおつきあいありがとうございます。
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