◉--/--/--◉ スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 




       「ヨシイさんが事故で亡くなったんだ・・・・」






 「えっ?!」



・・・・・・・・・



悪い冗談か、何かの間違いか、何がなんだかわからなかった。
よくわかんないけど、とりあえずその電話が腹立たしかった。
自分の感情もよくわからなかった。


私は、「ちょっとすいません」と、車を路肩に止めてしばらく動けなかった。



とりあえず、今は仕事に集中しなければ、、
と、、冷静さを取り戻し、車のハンドルを握る。


知ってるはずの道を何度も何度も道を間違えて、30分の道のりを2時間もかかってしまった。


仕事が終わってすぐ、会社の外にでてサークルの部長に電話をした。
やっと泣くことができた。

「ほんとなんですか?何かの間違いじゃないんですか?」

どうしても、信じ切れなかった。

先輩は冷静に私をなだめて電話をきった。



それから告別式まではただ心がからっぽで涙もでなかった。

実際、先輩とこの電話してから翌々日に群馬の高崎の駅につくまでの記憶が一切ない。


駅に着くと、仲良かった先輩が向かえに来てくれた。


「ヤマダ・・。
 再会がこんな形になってしまうとはな。・・」


いつも、私をドッキリカメラ的に騙してはからかっていた先輩だったから、
これも手の込んだ冗談なのかもしれない。

まだ私はどこかで小さな希望を持っていた。


ヨシイさんの実家に着くと
たくさんの黒い服を身にまとった人達が集まっていた。
先輩達もたくさんいた。


少しづつ状況を肯定させられていくようで怖くなった。


そして、棺桶の中のヨシイさんに対面した。


棺桶の中のヨシイさんはとてもきれいな顔で、私の知ってるヨシイさんそのままだった。
ほんとに、ただ眠っていているようで、いつものようにふざけて躍りながら起き上がってきそうだった。


まだ悪い冗談であってほしいと、何かの間違いだと思いたかった。


「触ってあげてください」


と、ヨシイさんのお母さんにうながされおそるおそる顔に手を触れた。


・・・冷たくて固かった。


このとき、ヨシイさんの死を体感して、認めざるを得なかった。

涙が溢れ出して、嗚咽が止まらなくなった。




ヨシイさんと夢を語ってから、わずか3ヶ月後のこと。


皮肉なことに、
大好きなバイク、やっと手にいれたハーレーと供に逝ってしまったヨシイさん。


なぜか諏訪湖近くで、
ブレーキの跡もなく、
事故の目撃者もなく、
かすり傷だけで道路に横たわっているのを発見されたという。


やさしいヨシイさんだったから、ツーリング中に動物がひょっこり出てきたのをよけようとしたのかな。


何があったのか。
打ち所さえちょっとずれていれば、また笑い話で終わっただろうにね。


  ・・皮肉な運命のいたずらでした。





不思議なことに、その日ヨシイさんの実家のいくつかある時計が全部狂ってしまっていた。


誰かがいった。


「まだ俺は死ぬ時じゃないんだよ!!」ってヨシイさんが訴えてるのかな~って。



そして、私はまだ天国にとびきれずに、空中でジタバタ叫んでるヨシイさんを感じました。

ジタバタ叫んで、自分の存在をアピールするために、家中の時計を狂わせてるように感じました。


私は止まらない涙と嗚咽にわんわん泣きながら、どうしようもなくなってると、



「ミキちゃん、大丈夫?」とやさしい手と声をかけられた。


それは、ヨシイさんの彼女のHさんでした。
一番辛く悲しいはずなのに、そんな彼女に慰められるなんて!!

さすがに嗚咽が止まりました。


涙もみせず、告別式のお手伝いまでしてたHさん。
一番辛いだろうに、気丈な姿が辛くてたまりませんでした。
私はなんて声をかけたらいいかわからなかった。
ただ泣くことしかできなかった。


私なんかがその心を知ったつもりで言葉をかけるのも申し訳ない気もちもあったし、
思慮深い彼女の悲しみの深さに見合うだろう言葉は何も見つからないもどかしさもあった。


Hさんはずっと何も食べていないと誰かが言っていたのを聞いて、
「せめて半分だけでもたべてください」とおにぎりを差し出したのが私の精一杯だった・



棺桶が閉められる前、

北海道から、沖縄まで集まった人達の激しい鳴き声、と嗚咽、
みんなで最後の言葉を投げかけていた。

”バカヤロ~!!”って叫ぶ先輩と抱き合いながら、わたしも「ヨシイさんのバカーっ!!」叫んでいた。



ヨシイさんと最後に話した夜を鮮明に鮮明に思い出した。


      「次に会うときは夢に近づいていような!!」


たった3ヶ月前のこと。


こんなことってあるの?


やっとやっと手に入れたハーレーもまだ十分に乗り回してないのに、

描き始めたバイク屋への夢、

Hさんとの結婚・・・


なんにも実現できないまま、全てが消えてしまった。



最後に棺桶を閉める前にHさんとふたりきりにしてあげようと誰かが言った。
私たちは、離れた場所でそれを見守っていた。


泣き崩れたり、とりみだすことがない気丈なHさん。

静かに、最後の言葉とお別れのキスをかわしていた。


その冷たい唇はどれだけ辛かったことだろう。

その心を思うと、よけいに気の毒すぎて辛くてたまらなかった。


そして、
こんな大事な愛する人を残して、どれだけヨシイさんが辛くて悔しい思いをしてることだろうと思った。



私はこのとき、

「なんでだよ!!ちょっとまてよ!!なんでだよなんでなんだ~!!」

って、ヨシイさんが天空で大声で泣きわめきながら荒れ狂ってるのをまた感じました。



そして、
すごく冷静な自分がいました。


この人は、

もうどんな苦労をしようとも、

大金を積もうとも、、

何十年待とうとも、、、


どんな犠牲を払おうとも、


たったひとつだって夢は実現できないんだ。



夢の実現への可能性がでかいとか少ないとか、、、そういう問題ではなくて、、


       これが本当の”ゼロ” なんだなぁ。



ヨシイさんは完全に可能性を失ったんだなぁ・・って。




ヨシイさんの熱くて崇高な魂が存在してても肉体がない。

この世ではなんにもできないのだ。


このとき、命があること自体、、この肉体をもってここにいること、、
それだけがすごくアドバンテージに思えた。
命あること自体が可能性の塊。



私のヨシイさんさんへの最大の供養はこの人も分も思いっきり生きて、
そして、あの夜の約束をきちんと果たすことだと思った。


生きてるということはそれだけで可能性があるということ。

その可能性をありがたく想い、最大限に生かさなければ、すごくヨシイさんに対して失礼な気がした。



この日、私も一度死んだ気がした。






ヨシイさんの体は火葬場に移動した。

遂にヨシイさんの体が火葬炉に入れられて、


そして、その扉が閉められた。


    ガシャン。


「生き返るかもしれない」なんて最後まで往生際悪く、小さな小さな望みを抱いていたけど、
扉を閉められて、また、完全に望みを絶たれたようで悲しくなった。

ヨシイさんがほんとに「ゼロ」になるのを実感する瞬間だった。


ことあと、みんなは休憩室に移動したけど、私はその場を離れがたかった。
Hさんのことが気がかりでもあったのだ。



みんながいなくなって、
ずっと気丈だったHさんは火葬炉の扉にもたれて初めて声を出して泣いていた。


Hさんもまた、扉が閉められた時にヨシイさんが「ゼロ」になるのを実感したのか。


Hさんの側に駆け寄りたい、、と思ったとき、
ヨシイさんのお母さんが寄り添ったので、私はその場を離れた。



その姿は本当にたまらなくたまらなく切なすぎて、


悲しい思いを通り越して、憤りの感情になった。


なんで、なんで、この人がいなくならなきゃいけないの?


本当に腹立たしくて、くやしくて、くやしくてたまらない気持ちになった。



世の中には死にたいと思ってる人が沢山いて、

悪人も沢山いて、

愛する人がいない人も沢山いる。


なのに、
なんでなんでこの人がこんな運命を負わなきゃいけないの?



何一つ悪いこともしてなくて、

こんなに万人に愛されるような人で、

こんなに愛してくれる人、愛する人がいる人なのに。



しばらく私は心にぽっかり穴が空いていた。
しばらくはこの件について誰にも深く話さなかった。



告別式から、間もなく、ちょうど有休が取れるときだったので、しばらく名古屋に帰った。
そして、いろんな心の整理をして帰ってきた。





つづく→
(いやぁ、書き始めたら思うよりも長くなってまいました・・



続編長編にお付き合いありがとうございます。
ランキング応援ぽちっとよろしくです!→にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

携帯の方はこちら→ 
旅行ブログ 世界一周
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://minfinity39.blog73.fc2.com/tb.php/185-fea88d92
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。