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                      Art by 小野竹喬

おばちゃんは何しに東京にきたのかと思いきや、美術館めぐりだったらしい。

深く細かい話は聞かなかったけど、
日常の仕事、家庭の煩雑さやストレスできっと心がカラカラになっていたんだろうな~と思った。

そんなカラカラの心を潤し、豊かにするためにふらっと日帰りでもと美術館めぐりにきたのかな~、、と。

そしてきっと、突然旅にいけなくなって、愛馬が病気になってしまったことで私が凹んでいるんでないかと
そんな強行スケジュールでも声をかけてくれたのかな、、と思うとその心遣いがありがたくうれしかったです。

国立近代美術館

「小野竹喬」という人の作品展。
うとい私は誰だか知らなかったので、予備知識ゼロでの挑みです。
おじいさんのいかめしいイメージの絵を想像していたら、意外にも優しくかわいらしい作品も多かった
(水墨画タッチもたくさんありましたが・・)


exhb_169.jpg


色遣いあざやかな、かわいらしいタッチ。


nobe.jpg


絵本のようなタッチがちょっと女性的な感じもしました。
草木をまるで子供の愛おしむように、、ていねいに、元気に描かれているなぁと思った。


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川の流れに水色やピンク色が使われていて、柔らかくて清らかで、いい香りのする渓流が想像できた。
自分がそこに佇んでいるような気持ちになって、清々しい気持ちになった。



彼の絵画を見ていて、すごくすごく自然が大好きで、自然に大きな癒しを感じてきた人なんだろうなぁと思った。
自然への愛おしさがかわいらしい絵と現れてるのでしょうか・・。


冒頭の夕日も絵もすごく鮮やか。
彼の描く太陽は大概真っ赤であることに気づきました。


自然に大きな畏敬の念を持っている人なんだろうなぁ、、なんて思ったり・・。


そんなこと
おばちゃんと、あーだこーだいいながら、
まったりと絵を見ている、、こんな時間がなんとも心地よかった。


そんな話の中で、ふとおばちゃんが話をした


「こないだね、佐伯裕三の絵画展にいったんだけど、その人の人生年表をみてたら「最後は友人、山田新一に看取られて死去」とあったのよ」



「?!」


「なんか、山田新一ってきいたことある名前っ!と思ったら、父親と同姓同名で!(笑)」



そう、私のじいちゃんであり、おばちゃんの父親の名前は「新一」なのです。
そのじいちゃんは私が生まれる前に亡くなっているのだけど・・。


「その作品展のあと、アンケート用紙があったから出したのよ。
そしたら、アンケート出した人の中から抽選でってのに当たって、額に入ったその人の代表作、郵便局員の絵が送られた来たんだ~(笑)。」

postman.jpg







  ←ちなみに佐伯裕三って誰?と思ったら
   ・・おおっ!コレ見たことあるっ!教科書に載ってた~!!
   この絵描いた人だったのね、とちょっと感動 




「え~!!それはきっとじいちゃんからのプレゼントだよ~?、ちゃんと見守ってるよ~って。」


「あはは、そうかもね 
父は絵が好きだったからねぇ。
私も一緒に小さいときに父と絵をよく見ていて、、その影響で絵を見るのが好きなのよ。」


「え?!そうなんだっ!
私もね、おとーさん(おばちゃんの兄)の書斎の絵画集をみるのが好きでさ、、そんで絵が好きになったのかな~?」


その時に、ふっとその父の書斎にあった絵画集のカバーがやけに茶色に変色していた記憶を思い出したのです!


・・・あれっ?!それって、おとーさんのでなくて、もしかしてじーちゃんの・・?」


「そうね、それは父親(じーちゃん)のだわ」


新しい発見と共にやっと合点がいった。
どーりで、あの父親(THE百姓のおっさん)と西洋画が結びつかないと思っていたのだ(
幼少の時にそういう話題もなければ、そういう場所に連れて行ってもらったこともなかったし。


じーちゃんのだったんだぁ・・


なんか感慨深かった。


じーちゃんは私が生まれる前に死んじゃったので、私は一度も会ったことがない。
でもなんかすごく親近感をもっていて、
存在を知らないのに「生きていたらよかったのになぁ」と思っていた人なのです。


じーちゃんは地元の名士で、町を活性化するために企業誘致に尽力したり、
議員をやっていたりなどなど活動的な人で人望が厚い人だったようです。
かといってくそ真面目な人ではなく、キャラ的には「パンツは翌日は裏返しにはく」・・(当時からエコ意識が強かったのか!?w)とか、数々の伝説を残す変わりモンでもあったらしい。
そんなじーちゃんは残念な事に、長男である私の父の結婚式の招待状を出しに行く途中、ハザードが壊れたトラックによって交通事故で亡くなってしまったのです。
戦争からは生きて帰ってきたのに、平和な日本でコロリだったという・・

そんなじーちゃんの死後、追悼の碑が建った。
それだけ伝説的なじーちゃんだったらしい。


私は、幼心にそんなじーちゃんが生きてたら、、とかよく考えていて、
一度でも会ってみたいと思っていたんです。


そんな想いのせいか、こんな出来事がありました。


たしか私が中学生の時のある夜。

「こんばんわ~!」

23時頃、玄関先で声がするので出る。

すると、ひとりの感じのいいおっさんが立っていた。


「ヨシト(父の名前)はいたか~?」


私は、そのおっさんの顔に見覚えがあるような気もしたし、何よりもとても親しげな感じだったので父の近い知り合いだと思ったんです。


「えっと、もう寝てるんですか、起こしてきましょうか?」


「ほんな、いいや、また来るよ~」とにこやかに帰っていった。


よく家に出入りしてるこの辺のおっさんのひとりだろうと思ったし、また来るっていってたし、
名前も聞かなかった。
そのぐらい親近感を感じていたのです。


翌朝、父にそのおっさんの話をした。

「あー、○○さんかぁ、、!」なーんてすぐにそのおっさんが誰だかわかるだろうと思ったら、


父は「はて~・・」と、首が肩にに落ちるほどに首をかしげた。


「そんな時間にやってきて、俺をヨシト、、なんて呼ぶ人・・・誰だぁ??どんな人だった?」


全く心あたりがないらしい。


「なんか見たことある人だったよ。眼鏡かけててさ、ヨシトはいたかぁ~?(まねしてみた)って。」


父は暫く黙って、、、


「・・・・オヤジでも来たかなぁ」と言った。


・・・・・?!


そのあと、すぐ座敷に飾ってあるじーちゃんの写真に駆け寄った。
たしかに昨日のおっさんに似ていたのだ! 


みたことあるような顔・・それはじーちゃんの遺影だったのですねっ!


それから、そのおっさんは父をもう訪ねてくることはなかったのです。




先日、実家に帰ったときに、オカルト話好きの姪っ子が私に怪奇体験あるか聞いてきた。
私はこの一部始終を話した。


「いやさ、本当にいまだにはっきり覚えてるんだよ~!そのおっさんベージュのコート着ててさ~!!」


そう姪っ子におもしろおかしく話していると、それを横で聞いていたばーちゃんが


「んだんだ~。ベージュのコート、、よく着ていたんだ。」


・・・


私はなんとなくじーちゃんに会ったと信じていたけど・・
このばーちゃんの言葉でさらに確信しました。
(ばーちゃんは驚きもなにもなく、「あー、じーちゃんきていったんだな~」と普通にリアクションしていたのにも若干びっくりでしたが・)


と、まあ話は脱線しましたが、

私にとって、じーちゃんはそんな特別な存在でもあるので、
私が幼少の頃、ずっと眺めながら至福の時間を味わっていた絵画集がじーちゃんのものであったという事実がなんか妙にうれしかったのです!


あとで調べたら、その佐伯裕三を看取ったという「山田新一」なるじーちゃんと同制同名のその男も画家でした。


そして後で気づいたら、この日は「お彼岸入り」・・・!!




「ヨシトはいたかぁ~?」


いまでも忘れないあのちょっと高くて優しく明るい声で

「おまえも絵、描いてみろぉ~」って言われた気がした。



おばちゃんが突然訪れて、そんな話をしてくれて、、こんな気持ちにさせられて・・

お彼岸でじーちゃんがやってきて、インスピレーションのプレゼントをしてくれたような気がしました。



そんな暖かく満たされた心になって
おばちゃんに別れを告げ、この日のアート第2弾、次の目的地の個展へ向かいまっす



つづくっ!!



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