◉--/--/--◉ スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
こんなかんじで、一見アウトな料理も自宅でうまく調理すれば摂取制限内で作れちゃうので、一概に「あの料理は塩分やタンパク質多いからアウトだー!」と決めつけないようにしてます。

病人だからって、いかにも病人食みたいなのしか食べちゃダメにしちゃったら、
そっちのほうがストレスで寿命が縮まりそう。

あとは、へたに食べたいものを完全に絶つと
しばらくしたら、「もー食ってやるー!!」といきなりリバウンドで開き直るという恐れがあるので。


とくに、愛馬は極端且つ単純な男なので、そうなることは安易に想像できる。
(これまでも、1日一食生活だ~!!と7キロいきなり痩せたかと思いきや、、、旅だから食を楽しむぞ~!!と、いきなり8キロ太ったり・・忙しい男なんです


そんなわけで、

「玄米サイコー、一汁一菜バンザイ!もうジャンクとはオサラバだ~!」と豪語してるの今なのですが、

正直私はあんまり信用していません。w


きっと今はまだ、隔離生活で娑婆の誘惑だらけの世界から完全に断絶されている故にそんな気分満載になってるんだろうけど、これが、視覚、聴覚、嗅覚にうったえる娑婆の世界に浸かり始め、
友人たちのやんや楽しそうに飲めや食えやの輪に入ったら

「今日ぐらいいいか~、たまにはご褒美も必要だ!」と暴走している愛馬の図が目に浮かんでしまいます。


そんなわけで、そんな事態を避けるために、
愛馬の好きなトンカツやハンバーグ、パスタやピザを工夫しながらあえて積極的にメニューに取り入れる作戦を試行中なのです。とりあえず食べていたら過剰反応しなくて済むと思うので。


塩分は減塩調味料で調節。
タンパク質は
ハンバーグは肉の変わりに野菜のみじん切りやつなぎを多くして、ボリュームも楽しめるようにしたり、
昼をとんかつにしたら
朝は無塩パンにサラダとフルーツ、夜は野菜たっぷりカレーというふうにタンパク質ナシでもいける1日のメニューにしたり。

こんな感じで結構いけます。


まあ、食材をうまく組み合わせても考えなきゃなので、パズルのように結構頭使います。


でも、最近は感覚がついてきたせいか、慣れてきました。


こんなとき、ふと実家のことを考えます。


私の実家は農家で4世代家族。

農家故に、1日3食必要とされます。

母も家で働いている上に、
おまけに4世代家族なのでそのメニューを考えるのは本当に大変だと思います。

しかも、食べるだけの男性軍とちびっこたちは、
そんな作る手間、材料の仕入れ、メニューを考える思考、後片付け・・
それに加え、これを毎日強いられることへのストレスなんて知るよしもナシ・・

あたりまえの行為としか思わず、好きなメニューでないと文句いってみたり・・


「っとに大変だわ~。1日がこれで終わっちゃうわよ。。

と、いつもため息つきながらこぼしていた母。
大変だなぁと思ってましたが、(義姉、祖母しかり・・)
改めて大変だなぁと思う、今日この頃。。



さらに、
最近は食品アレルギーの子供や、糖尿病のお父さんお母さんが多い時代に想いを馳せる今日。
そんな家族も大変だなぁと改めて思ってしまいます。

主婦でも大変だなぁと思うのに、仕事しながら食事の世話ってのはほんと大変だなぁと思う。

私はなんだかんだいいながらも、
農家家庭で育ったので、小学生のときから農繁期なんかは家族の食事をつくらされたりしていたし、
たいした物は作ってなくてもずっと自炊派だったので、そんなに強い抵抗はないんです。


でも、

サラリーマン、共働きの家庭故に、インスタント食事で育った若いママも多い今日。
よっぽど料理が好きでもないと、食事に頭と労力を使うのは苦痛でストレスだとも思う。

そんな世代or家庭環境且つ、食品アレルギー、食事制限がある家族・・・

どうしてるんだろう?!

なーんて思ってしまいます。




「食」が見直されてきている今日。

改めて、わたしも「食」の大切さというものを実感している今日この頃。

食べる=生きる

食べ物=命

たしかに「食」に意識的になれば、「生き方」にも意識的になると思う。


でも、
無農薬とか、有機野菜とか、「食材」ばかりが脚光を浴びてるような気もします。

「食事を作る人のことも考える」

ということも大事だと思うのです。


作り手が健康で元気でないと、健康的な食事は出来にくいと思うし、
「愛情が最高のスパイス」というけど、反対にストレスがあったら食事にも負のエネルギーが入ってしまいそう・・


「作り手」が健康的に元気に食事を作れるように、
家族みんなでしっかり向き合うことが大切なんじゃないかなーと思うんです。

家族協力し合って、食と関わること、それが「一緒に生きること」だとも思うのです。


みんなで料理をしあうっていうのが一番いいんだろうけど、
でもやっぱり物理的に無理とか、得意不得意もあると思う。

長年「男子台所に入るべからず」で生きてきた父に今さら食事を作れというつもりはない。


たとえば、もっと料理を褒めてあげるとか、感謝を言葉に出すとか・・
食器を洗ったり、食後のお茶をいれてあげたりとか・・
たまに外に食事に連れて行ってあげるとか・・

「家事」をしてくれる母や妻に対してというよりも、いい食を得るための「作り手」に対して。


「作り手」をリスペクトすること・・
それも十分食に向かい合うことであり、食へのリスペクトなんじゃないかなーと思うのです。



一般的に欧米人の男性は料理をよくしたり、料理を褒めたり、後片付けをしてくれたりするし、
ファミリーホームパーティスタイルも多い。

一般的に欧米人家族は家族の絆が強いけど、それはそういう食のライフスタイルと関係があると思うのです。

しかも、食文化が乏しいイギリスやオランダよりも
食文化が発達しているイタリアとかスペインとかそれは顕著。


日本だってやっぱり父親が料理したり、家族で「食」を楽しんでる家庭のほうが、家族の絆が強いことが多い。

それはやっぱり「食」に関わり、協力しあうことで「一緒に協力しあって生きてる感」が養われてるからなんじゃないかな~と思うのです。



食品アレルギーとか食事制限が必要な病気が多い今日。
「食」に対してずさんだった代償かな~、と思う反面、
「食」=「命」=「生きる」事に向き合ういい機会だなと思うのです。


愛馬も今回の病気で今までの食生活食を反省して、今後の食生活を見直していますが、
それと絡んで今までの生き方も反省して、今後の生き方にめっこり意識的になっているので、
まさに「食生活」と「生き方」は密接な関係があるんだと思います。


この日記、、愛馬の食事制限奮闘記をちょっと書こうと思っただけなのに、
いろいろ想いが広がって、脱線して、思わずつらつらがっつり書いてしまったのですが、

これを書いたのは昨日。


だいたいを書き終えて、食事の時間だったので食事を作り、食べ終える。
このブログの内容はもちろん愛馬は知りません。


すると

突然食後に

「お茶入れようか?」と愛馬っ!!!



さらに今日は突然

「これからは俺が食器を洗う」と!!!!


えっ、えっえ~!!!????


私の殺気を感じたのか、テレパシーなのか・・・


いずれにせよ、愛馬は単純且つ極端に、人生180℃方向転換暴走中です





今日も読んでいただきサンクスです!
ランキングがんばってます!このポチでパワーもらえてます!→にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ

携帯の方はこちら→ 
旅行ブログ 世界一周

ランキング画面に飛ぶので、今何位かも見れまーす!今12位です!
 人気ブログランキングへ←こちら2つもポチポチよろしく◎
関連記事
Secret

TrackBackURL
→http://minfinity39.blog73.fc2.com/tb.php/160-30863595
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。